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ひとりでは、完成しない - 輪島塗という、手から手へ渡る仕事【AI時代の創造と挑戦の記録】

輪島塗は、ひとりの職人だけでは完成しません。 百を超える工程と、手から手へ受け渡される分業によって、一つの器が形になります。

  • 輪島塗の強さは、見えない下地と高度な分業にある
  • 震災によって、その仕組みのもろさと強さが同時に表れた
  • AI時代だからこそ、誰かとつくる価値を問い直す必要がある

本記事では、輪島塗の技術と復興の物語を通じて、 「ひとりでは完成しない」という仕事の意味を考えます。

ひとつの椀が、あなたの手元に届くまで。そこに何人の手が触れているか、考えたことはあるだろうか。

輪島塗の場合、その答えは少し驚く。木を削る人、布を着せる人、下地を塗る人、上塗りをする人、模様を入れる人。大きく分けても三十ほど、細かく数えれば百二十四とも言われる工程を、椀は人から人へと渡っていく。ひとりの職人が最初から最後まで仕上げるのではない。むしろ逆で、輪島塗は「ひとりでは完成しない」ことを、ほとんど原理にしている。

ひとつの椀に、何人の手が触れているか

輪島塗は、石川県の輪島でつくられる漆器だ。丈夫で、美しい。

その丈夫さの秘密は、表からは見えない「下地」にある。木でできた椀の素地に布を貼り、輪島でしか採れない土(珪藻土を焼いて砕いた「地の粉」)を漆に混ぜて、塗り固める。この地味な下ごしらえに何層も手間をかけるから、輪島の器は毎日の食卓の乱暴にも耐える。そして、素地を削る木地師、下地を固める職人、漆を塗り重ねる塗師、沈金や蒔絵で模様を入れる加飾の職人――それぞれが別の専門家だ。完全な分業で成り立っている。

石川県立美術館でいま開かれている特別展は、この様子を「技のバトンリレー」と呼んでいる。会期は2026年6月27日から8月2日まで。木地から加飾まで、千人近い職人や作家がかかわるという。一本のバトンを落とさずに、次の走者へ、また次へ。そうやって、ようやく一つの器になる。

美しい仕組みの、もろさ

きれいな仕組みだが、弱点もある。走者が一人でも欠ければ、バトンはそこで止まる。

しかも輪島塗は、慣習として輪島の地でしか作れない。下地に使う土がその土地のものだし、工程が細かく分かれているぶん、まるごと他所へ移したり外注したりが利かない。この産地は、土地と、人と人のつながりに、深く縛られている。効率だけを物差しにすれば、これは相当に「もろい」作り方だ。ひとつの弱い環が、全体を止めてしまう。

二〇二四年、元日

そのもろさが、いちばん残酷な形で表に出たのが、2024年の元日だった。

午後四時すぎ、能登半島を最大震度7の地震が襲う。輪島では、朝市で知られた一帯が火に包まれ、五万平方メートル、二百棟以上が焼けた。漆芸家・桐本滉平さんの自宅兼工房も、その火で全焼している。正月明けに納めるはずだった作品も、材料も、長年手になじませてきた道具も、灰になった。分業でつながった一本の道の、あちこちが同時に断たれてしまった。

一本の鎖でつながっていたものが、いっせいに切れる。分業の弱さを、これほどむき出しにする出来事もない。

拾い直されたバトン

けれど、ここからの話が、この器のいちばん大事なところを再度照らす。

道具を失った職人たちのために、県外の作り手がSNSで呼びかけた。すると全国の漆芸作家から、ヘラやハケなど千点を超える道具が届いた。桐本さんは、それを神社の譲渡会で受け取ったという。

さらに彼は、壊れた工房から未完成の漆椀を救い出した。その数、およそ一万点。誰かが途中まで塗り、地震で手が止まってしまった椀たちだ。桐本さんは、それを長い時間をかけて仕上げていくと語る。「過去の職人さんと協業しているようで、誇り高い時間です」。

途切れたバトンを、別の走者が拾う。止まった手の続きを、別の手が引き受ける。分業とは本来、そういう「手渡し」の連なりだった。その連なりが、平時には効率の仕組みとして回り、非常時には助け合いの仕組みに変わる。同じ一つの構造が、である。

もろさという、強さ

不思議なことに気づく。効率で測れば「弱い」はずの、人と人に分かれたこの仕組みが、極限の場面ではむしろ、しなやかに耐えた。

ひとりで完結しないからこそ、ひとりが倒れても、別の手が伸びる。道具が回り、未完成の椀が引き取られ、途切れたバトンが拾い直される。もろさと、相互依存。それは弱さの別名のようでいて、じつは、この土地が長い時間をかけて育ててきた強さの作法だったのかもしれない。

漆という素材そのものが、どこかそれを予感させる。桐本さんはこうも言っていた。漆は木が傷ついたときに出す樹液で、ものを守り、回復させる力を持つ。「だから漆芸品は、どんなに傷ついても何度でも生まれ変わることができる」。傷から生まれた樹液が、傷ついた器を、そして傷ついた産地を、何度でも塗り直していく。

復興は、まだ道の途中にある。地震から二年半が過ぎた2026年の夏になっても、産地の生産は震災前の六、七割ほど、復旧はなかばと報じられている。だから展覧会の最後の部屋には、これからを担う若い作り手の仕事が並ぶ。未来へ向けた「技のバトンリレー」の、応援として。

おわりに

最後に、少しだけ想像してほしい。

AIの力で、ボタンひとつで、完成した“もの”がいくらでも湧いて出る。そんな景色に、私たちはもうずいぶん慣れてしまった。速く、たくさん、ひとりで。それが良いことだと、どこかで信じてもいる。

そのすぐ隣に、百を超える工程と、たくさんの手をくぐらなければ、たった一つの椀にすらならない仕事がある。遅くて、複製がきかなくて、誰かの助けなしには完成しない。

どちらが強いか、なんて、簡単には決められない。ただ、あの元日のあとで拾い直された一万点の椀のことを思うと、「ひとりでは完成しない」というもろさの中に、私たちが少し急ぎすぎて置いてきた何かが、静かに残っている気がするのだ。

私たちはAIを向き合うときに、この事実を理解し、そして身に刻み、向き合っていく必要があると私は考える。それがAIの力を引き出すための大きな力になる気がするのだ。

参考

転載元

※XAが運営するNoteメディアの記事を転載しています。
“つくる火”を分かち合うメディア「Created To Create」

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