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COLUMN

「作れる」からこそ「作らない」という選択【AI時代の創造と挑戦の記録】

AIで何でも作れる時代に、本当に問われるのは「何を作るか」ではなく「何を作らないか」です。 コンテキストエンジニアリングとオントロジーは、AIに渡す情報と意味の境界を設計するための技術です。

  • AI活用は「指示の出し方」から「文脈の設計」へ移っている
  • 重要なのは情報を足すことではなく、何を除くかを決めること
  • ブランドは、合理的にできることをあえて選ばない判断に宿る

本記事では、AI時代におけるコンテキストエンジニアリングとオントロジー、 そして「作らない」という選択の重要性について考えます。

夜遅く、自分が担当している社内エッセイの原稿の一部をAIに任せた。条件はかなり細かく書いたつもりだ。読者像、トーン、長さ、避けたい言い回し。三十秒ほどで返ってきた文章は、速くて、整っていて、文句のつけようがなかった。

なのに、画面を見たまま、しばらく動けなかった。どこも悪くない。それなのに「良い」とも思えない。

違和感の正体に気づくまで、一晩かかった。AIは、私が指示したことを全部やっていた。落ち度は、こちらにあった。問題は、私が「言わなかったこと」のほうにあったのだ。

「指示の出し方」が、答えではなくなった

ここしばらく、登壇のあとで一番よく受ける質問は「うまく指示するコツはありますか」だ。気持ちはわかる。少し前まで、私も同じ問いの前に立っていた。ただ最近は、その問いの形そのものが、静かに古びはじめている気がしている。

2024年ごろまで、生成AI活用の入り口は長らく「プロンプトエンジニアリング」だった。いかに巧みに指示文を書くか。そこが腕の見せどころだった。

潮目が変わったのは2025年の半ばだ。同年6月、ShopifyのCEOトビアス・リュトケが、X上に「コンテキストエンジニアリング」という言葉を置いた。タスクが解けるだけの文脈を、まるごとAIに与える設計のこと。続く9月には、Anthropicがエージェント向けのガイドでこの考え方を整理した。そこでの定義が、私はずっと頭に残っている。望む成果が出る確率を最大にする、できるだけ小さな、高シグナルな情報のまとまりを見つけること。

2026年に入って、この言葉はもう一部のマニアの用語ではなくなった。日経クロステックは、いまやOpenAIやAnthropicだけでなく、SalesforceやOracleといった既存のITベンダーまでが、そろってその重要性を説いている、と書いている。煎じ詰めれば、AIに渡す情報の全体を設計すること。それがコンテキストエンジニアリングだ。

ここで、多くの人がつまずくポイントがある。AIが一度に読める量――コンテキストウィンドウ――は、最新のモデルで100万トークン級まで広がった。だったら全部詰め込めばいい、と考えたくなる。ところが、そうはならない。情報を増やすほど、AIはむしろ精度を落とす。重要な一行が長文の真ん中に埋もれて見落とされる現象には「ロスト・イン・ザ・ミドル」、文脈そのものが劣化していく様子には「コンテキスト・ロット(文脈の腐敗)」という、なかなか不穏な名前までついた。

大きな机を与えられたとして、その机を書類で埋め尽くしたら、肝心の一枚はかえって見つからない。コンテキストエンジニアリングは、だから「足す」技術ではない。「選ぶ」技術であり、もっと正確に言えば「捨てる」技術だ。

オントロジー──意味の地図を持っているか

ただ、情報を選んで渡すだけでは、まだ足りない。あの違和感も、そこだけでは説明しきれない。

AIは言葉が流暢だ。けれど、その言葉が「自分たちの仕事のなかで何を意味するか」までは知らない。「良い顧客」と書けば、世間一般で良さそうな顧客像を返してくる。私が頭のなかで思い描いていた、あの特定の輪郭ではなく。

ここで効いてくるのが、もうひとつの言葉――オントロジーだ。

哲学の授業で習う「存在論」を思い浮かべなくていい。実務でのオントロジーは、ぐっと地に足のついた概念だと考えてほしい。意味の構造、と私は呼んでいる。あるものが何であるか。それが何と、どう関係するか。そして、何が許されて、何が許されないのか。

検索して引っぱってくるだけの仕組み・・・いわゆるセマンティックレイヤーは、言葉の「住所」を教えてくれる。オントロジーは、それとは違う。ものごとを「考える」ための地図だ。LLMは話せるが、あなたのビジネスを理解してはいない。その欠けた意味の層を埋めるのがオントロジーなのだ、という指摘を、最近いろいろな場所で見かける。私も同意する。

2026年4月に出たある論文は、これを「アーキテクチャの反転」という強い言葉で説明していた。消費者向けのAIでは、LLMが推論の主役で、ほかはすべて足場にすぎない。ところが企業の現場では、その関係がひっくり返る。オントロジーのほうが「権威」になり、LLMはその権威を自然言語に翻訳して届ける装置の一部になる。消費者向けのAIには「正解の境界」がなく、それらしい近似解でも許される。企業の意思決定には、境界がある。論文はそう整理していた。

むずかしく聞こえるかもしれない。けれど、個人や小さなチームに、専門技術が必要なわけではない。実務的なオントロジーは、煎じ詰めれば、たったひとつの問いに行き着く。

自分たちの言葉の意味を、ちゃんと言葉にしてあるか。

「うちにとって良い仕事とは、どういう状態を指すのか」。「完成とは、何をもって完成なのか」。「何を、絶対に“うちらしい”とは呼ばないのか」。たいていの組織で、これは暗黙知のまま、誰かの頭のなかに置かれている。日経クロステックは、日本企業がコンテキストエンジニアリングで後れを取る根深い理由を、まさにこの暗黙知に見ていた。読んでいて、腑に落ちた。

二つは「引き算」で、ひとつにつながる

さて、ここで二つの言葉がつながる。

コンテキストエンジニアリングと、オントロジー。入り口はまるで違うのに、根を掘っていくと、同じ一点に行き当たる。どちらも「除く」ことの技術なのだ。

コンテキストエンジニアリングは、高シグナルの最小集合を選ぶ。つまり、何を入れないかを決める作業だ。オントロジーは、意味を定義する。あるものが「何であるか」を決めるには、結局「何でないか」を決めるしかない。境界を持たないオントロジーは、何ひとつ定義していないに等しい。

だからAI活用の本当のスキルは「AIに何をさせるか」ではない。「どこで線を引くか」だ。

なんでも作れるようになった。だからこそ、作らない。AIは、ものを生み出すコストを、ほとんどゼロまで下げてしまった。安くなったものは、価値を失う。希少なまま手元に残るのは、何を作らないかという判断のほうだ。

そして、ここがいちばん扱いのむずかしいところでもある。AIは、合理の最適解を出すのが、本当に得意だ。聞けば、いつだって「合理的にはこうすべき」を、すました顔で返してくる。それはほとんどの場合において正しい。

ブランドは、その正しい推奨と、自分たちが実際に選んだものとの「差」に宿る。合理的に考えればやったほうがいい。でも、あえてやらない。その小さな判断の積み重ねが、時間をかけて、ブランドの輪郭になっていく。逆に言えば、合理の推奨をそっくり受け入れた組織は、ほかのすべての組織と、ゆるやかに似ていく。

脳のどこにブレーキをかけるか。AIが賢くなればなるほど、そここそが、人間の側に残る仕事になる。

美学ではなく、経営の判断として

これを、こだわりの美学の話だと受け取られると、少し違う。私自身は経営の話のつもりで書いている。

まず、信頼の問題がある。オントロジーは、さきほど書いたとおり「正解の境界」だ。これがないと、AIの出力は、流暢なのに何の根拠も持たない。先の4月の論文は、その境界の外で生成された“それらしい正答”を「見せかけの正確さ」と名づけ、わざわざ区別していた。流暢さと、正しさは、別物だ。境界を持たない組織は、その違いにそもそも気づけない。

次に、ブランドの問題。さきほど書いたとおり、除外したものの総体が、ブランドそのものになる。

そしてROIの問題。投資すべき先は、より大きなモデルではない。自分たちの暗黙の定義を、明文化することだ。モデルは半年で世代が変わる。けれど、言葉の定義は、そう簡単には乗り換わらない。CTO的な物言いをするなら、減価しにくい資産はどちらか、という話になる。

線を引く前に、まず書き出す

では、何から手をつけるか。順番が、ひとつだけ大事だと思っている。

まず、書き出す。AIに渡すためではなく、自分たちのために。「うちが“良い”と呼ぶのは何か」。「絶対にやらないことは何か」。この言語化そのものが、もう仕事の本体だ。うまく書けないとしたら、それはまだ決まっていない、というサインでしかない。

決まったものが、そのままAIに渡すコンテキストになる。逆にしてはいけない。先にAIに案を出させて、その合理にあとから乗っかると、線は、いつのまにか自分の手から離れていく。

最後に、日々の学びのこと。インプットは、AIの進化に追いつくためにあるんじゃない、と最近よく思う。AIの推奨に対して、自分が引く線。その精度を上げるためにある。何を選ばないか、という判断(スタンスと呼んでもいい)は、知識を仕入れた瞬間に身につくものではない。仕入れたものを、何度も噛みなおすことでしか鍛えられない。日々の学びは、たぶん、そのためにある。

次の夜、私はまた同じ原稿に向かった。

今度は、AIに頼む前に、頼まないことを先に決めた。やることのリストではなく、やらないことのリストを書いた。それだけで、ずいぶん時間がかかった。前の晩の三十秒とは、比べものにならない。

書き終えても、正直、まだ自信はない。あの線を、正しい場所に引けたのか、私には分からない。合理を断った判断が、ただの独りよがりではないと、誰かが保証してくれるわけでもない。

それでも、自分がどこに線を引いたのか、その輪郭がはっきり見えていること。それだけは、AIに全部を任せていたら、たぶん手に入らなかったものだ。

なんでも作れる時代の入り口で、私はいま、作らないものを数えている。なんとなく新しい「ものづくり」の未来が見えてきた気がした。

参考

  • Boni Garcia「Context engineering」(GitHub、2025–2026)── “context engineering”がShopify CEOトビアス・リュトケによって2025年6月に提唱されたことの記述。
    https://github.com/bonigarcia/context-engineering
  • Aurimas Griciūnas「State of Context Engineering in 2026」(SwirlAI Newsletter、2026年3月)── Anthropicによるエージェント向けガイド、「高シグナルな最小トークン集合」という定義、「ロスト・イン・ザ・ミドル」。
    https://www.newsletter.swirlai.com/p/state-of-context-engineering-in-2026
  • 日経クロステック「話題のコンテキストエンジニアリング、日本企業が後れを取る根深い理由」(2026年4月)── ベンダー各社の動向と、暗黙知をめぐる日本企業の課題。
    https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/column/18/00849/00183/
  • d.AP Blog「Ontologies and Knowledge Graphs: Why They Work Better Together」(2026年)── LLMが「話せるが理解していない」点と、オントロジーが補う意味の層。
    https://www.digetiers-dap.com/post/ontologies-and-knowledge-graphs
  • 「From Business Events to Auditable Decisions: Ontology-Governed Graph Simulation for Enterprise AI」(arXiv、2026年4月)── 「アーキテクチャの反転」と「見せかけの正確さ(Illusive Accuracy)」。
    https://arxiv.org/html/2604.08603

転載元

※XAが運営するNoteメディアの記事を転載しています。
“つくる火”を分かち合うメディア「Created To Create」

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