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COLUMN

AIで何でも作れる時代の、地味なコストの話【AI時代の創造と挑戦の記録】

AIによって「作る」ことのハードルは大きく下がりました。 しかし、本当に重要なのは「作れるか」ではなく、その仕組みを持ち続けられるかどうかです。

  • AI生成によってプロトタイプの速度は劇的に上がっている
  • 一方で、保守・セキュリティ・運用コストは見落とされやすい
  • これからは「何を作らないか」を判断できる力が重要になる

本記事では、AI時代の内製とSaaSの判断軸、 そしてAIマネージャーやCTOに求められる視点について考えます。

最近、自分でも何かを作るたびに同じ場面に出くわす。

Claude Codeを立ち上げ、軽い気持ちで「これくらいなら一晩でできるだろう」と手を動かしはじめる。動いてしまう。動くと嬉しい。それで終わればいい話なのだが、たいていの場合、その先に長い影がある。

仕事柄、AIの活用について経営者やCTOから相談を受けることが多い。その中で特に増えているのが「自社で作るべきか、SaaSで済ませるべきか」だ。判断軸が揃わないまま着工してしまったプロジェクトを見るたびに、自分の手元でも似たことが起きているなと、少し申し訳ない気持ちになる。

「作れる」と「持ち続けられる」は別物

AIで何でも作れる時代になった、というのは半分本当で、半分嘘だと思っている。実はインターネットの初期も同じような話があった。

自然言語で指示を出せば、それらしいものはすぐに立ち上がる。プロトタイプの速度は数年前と比べものにならない。けれど、そこで生まれたコードや仕組みを、企業の業務として動かし続けるとなると、話が変わる。

ICSE 2026のメタ分析では、AI生成コードを抱えたプロダクトは、従来型の開発と比べて技術的負債がおよそ3倍の速度で積み上がるという(注1)。生成のスピードが、本来そこにあったはずの「考え直す摩擦」を消してしまうからだ。

動くか、動かないか。そこだけが基準になる。読みやすさ、保守性、整合性。そして最も重要な問い「それは本当に必要なのか?」だ。「あとで考える」と先送りされた項目が、あとで考える日を迎えることはまずない。

これは技術というより、生産プロセスの問題に近い。

維持費は、たいてい見積もりに入っていない

実装そのものは、確かに安くなった。問題は、その先にある。

業界の経験則として、システムの年間メンテナンス費は、初期構築費の15〜30%程度とされる(注2)。1,000万円かけて作った仕組みは、毎年150〜300万円の運用予算を前提にして初めて動き続ける。API利用料、セキュリティ更新、コンプライアンス対応、ログ監視。提案書の見積もりにはほぼ載らない項目が、後から重なっていく。AIが絡むシステムであれば尚更コストは積み上がっていく。

さらに厄介なのが、目に見えにくいコストだ。

IBMの2025年データ侵害コスト調査では、1件あたりの被害額は平均488万ドル(注3)。AIエージェントが絡む「シャドウAI」インシデントは、通常のセキュリティ事故より約67万ドル多くの損失を生んでいるというデータもある(注4)。プロンプトインジェクション、過剰な権限付与、誰の目も通らない自動実行。技術部門の外側にいると、なかなか実感しづらい領域だ。

「自分たちで作れる」と「自分たちで守り続けられる」のあいだには、思っているより深い溝がある。

数字は意外な事実を映し出す

ここで一度、空気を変える数字を置いておきたい。

MITのNANDAイニシアチブが2025年にまとめたレポートでは、AI導入プロジェクトの成功率に明確な差が出ている。社内で完全に内製したケースの成功率はおよそ33%。一方、ベンダー主導や外部パートナーと組んだケースは約67%(注5)。

ちょうど2倍の差だ。

「自社で持つほうが資産になる」「外注は依存度が上がる」と信じてきた人ほど、この数字には引っかかると思う。私もそうだった。

ただ、結果としては意外でも何でもない。多くの企業にとって、AIは中核の競争力ではなく、SaaSやAPI経由でも十分に賄える領域がほとんどだ。Gartnerの分析でも、既製ソリューションを使った企業は、ゼロから内製する企業より60%早く価値を引き出している(注6)。

時間は、現代経営でいちばん希少な資源だ。

Klarnaが教えてくれたこと

象徴的な話を、もう一つ。

スウェーデンのフィンテック企業Klarnaは2024年初頭、AIアシスタントが顧客対応700人分の業務を引き受けたと公表し、世界中から注目を集めた。私のまわりでも、これらのニュースを引き合いに「うちもAIで人を減らせるのでは」と話す経営者が確実にいた。

ところが2025年5月、CEOのSebastian Siemiatkowski氏は方針を撤回し、人間のスタッフを再採用すると発表する。Bloombergのインタビューで彼はこう語った。コスト削減を優先しすぎた、結果として品質が下がった、と(注7)。

短期のコスト削減を見ていた目には、CSAT(顧客満足度)が遅れて落ちる動きも、ブランドへの長期的な毀損も、十分には映らなかった。AIが対応できる領域は確実に広がっている。広がってはいるのだが、「対応できる」と「任せきれる」のあいだの距離は、まだ大きい。

SaaSは終わるのか、変わるのか

2026年2月、米国で「SaaSpocalypse」と呼ばれる現象が起きた。B2Bソフトウェアセクター指数が年初から21%以上下落し、AI時代におけるSaaSの存在意義が問われる事態となった(注8)。

「自分で作れるならSaaSにお金を払う必要があるのか」と問いはじめた経営者が、確かに増えている。

ただ、Deloitteの2026年見通しを読み直すと、もう一つの事実が見えてくる。AIエージェント市場は2026年に85億ドル、2030年には350億ドルへ拡大する一方、AIを提供する側のコスト構造もまた厳しい。LLMの推論コスト、AIインフラ投資、エージェント製品の開発費。それらが各社の利幅を圧迫している(注9)。

「内製すればSaaS料金が浮く」という素朴な前提は、もう成立しないことが多い。社内に積み上がる運用負担、セキュリティガバナンス、人材維持費を加味すれば、SaaSのほうが結局安かった、というケースは普通に起こる。

判断は、ますます難しくなっている。

これからのAIマネージャー、CTOに問われるもの

技術的に何が作れるかよりも、どのコストで、誰がメンテナンスし続けるのか。それを見立てられる人が、これから組織で重宝される。

たとえばこんな問いを、日常的に立てられる人だ。

このプロジェクトはROIが18か月以内に立ち上がるか。立ち上がらないとして、なぜ続けるのか。内製した場合、データ品質、セキュリティ、ガバナンス、再学習のコストを、誰がいつまで負担し続けるのか。SaaSで代替する場合、ベンダーロックインによる将来コストはどう試算するか。AIが顧客接点に立つことで、ブランドはどう影響を受けるか。それは数字で測れるか。

シリコンバレーのCFOが「ビルド派」に転じた、という記事が2026年に入って増えた。一方で、KlarnaのようにAI先行投資を見直した企業も出てきた。両方とも事実だ。一つの正解があるわけではない。

判断のベースに「ROI、信頼、ブランド」の三点を置いている人は、そこまで大きく外さない。逆に、目先のコスト削減か目先の流行のどちらかしか見ていない判断は、十中八九あとで揺り戻しが来る。

最後に少しだけ

私自身、AIで何かを作ること自体は、相変わらず好きだ。深夜にClaude Codeを叩きながら、こんなものが一晩でできるのか、と独りで感心している。

ただ、最近は手を動かす前に、一度立ち止まることが増えた。これ、誰が来年も維持するのか。データはどこに置くのか。外部に出していい情報か。SaaSで十分じゃないか。いや、もっと言うとExcelやスプレッドシートで十分じゃないか・・・。

退屈な問いに見えるかもしれない。けれど、こういう退屈な問いを通せる人が組織にいるかどうかで、AI投資の二年後の姿はずいぶん変わる気がしている。

これからのAIマネージャーやCTOは、「何を作れるか」より「何を作らないかを判断できるか」で評価される。たぶん、そういう時代に、もう入りつつある。

注釈・参考文献

転載元

※XAが運営するNoteメディアの記事を転載しています。
“つくる火”を分かち合うメディア「Created To Create」

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