AI時代において重要になっているのは、「何を考えるか」ではなく「何を存在として扱うか」という問いです。 オントロジーという概念は、ブランドや組織、顧客理解の精度を根本から左右します。
- AIはコンテキストよりもオントロジーに依存する
- 概念の切り出し方がアウトプットの質を決める
- 問いそのものを設計する力が価値になる
本記事では、オントロジーという視点から、 AI時代における「考える」と「つくる」の本質を掘り下げます。
オントロジーという言葉
オントロジー(ontology)という言葉は、もともとは哲学の用語だ。「何が存在するか」「存在とはどういうことか」を問う学問。ハイデガーが「なぜ何もないのではなく、何かがあるのか」と問い続けた、あの領域。
ただ、情報科学の世界では意味が少しずれる。概念や事物の関係性を構造化したもの、つまり「知識の地図」のことをオントロジーと呼ぶ。「犬は動物である」「東京は日本の都市である」——そういった関係性を機械が扱えるように整理したもの。AIや検索システムの内部でひっそりと働いている。
この二つの意味は、実は地続きだと思っている。分かれているように見えて、問いの根っこは同じだ。
AIが急速に普及してから、最も手応えを感じている作業がある。「言語化できていなかったものを言語化する」という仕事だ。ブランドの価値観、組織の文化、顧客が感じているけど言えていない感情。それを引き出すためにAIを使う。
でも、そこで必ずつまずく問いがある。
「そもそも、何が実在しているのか」
たとえばブランドの「世界観」は存在するのか。財務諸表には載らない。物理的な重さもない。でも確かに人を動かしている。顧客の意思決定を変えている。それは「ある」と言っていいはずだ。
AIに渡す情報を整理しようとすると、この問いを避けて通れない。何を「存在するもの」として扱うか——それを決めないまま構造化しようとすると、どこかで必ずガタがくる。ガタ、というのは比喩ではなくて、本当にシステムが歪む。AIの出力が妙に不安定な感じになる、あのやつだ。
「コンテキスト設計」と「オントロジー設計」
少し話を広げる。
2025年から2026年にかけて、RAG(検索拡張生成)やエージェント型AIの設計が急速に実務に入ってきた。その文脈で「コンテキスト設計」と「オントロジー設計」という言葉が頻繁に出てくるようになっている。意味は少しずつ違う。
コンテキストは「今この瞬間、AIに何を見せるか」という問いだ。会話の履歴、ユーザーの状況、参照すべき資料。短期的で動的な情報の束。
一方、オントロジーは「世界をどう切り分けるか」という問いだ。もっと構造的で、静的で、根が深い。「顧客」と「ユーザー」は同じか違うか。「ブランド価値」と「製品価値」はどこで分かれるか。その切り分けを誰が、どう決めるか。
AIはコンテキストを読む能力が急速に上がっている。長い文書も処理できるし、会話の流れを踏まえた推論も得意になってきた。でも、オントロジーを自力で問い直す能力はまだ人間に遠く及ばない。「そもそもこの概念の切り出し方は正しいのか」という問い。それは今のところ、人間が引き受けるしかない領域だ。
これが、思いのほかキツい。
AIを使う人間が「存在論的に粗い」ままでいると、AIはその粗さを忠実に増幅する。ブランドを言語化しようとして、結局どこにでもあるような言葉しか出てこない——あれは、多くの場合、オントロジーの問題だとぼくは思っている。概念の切り出し方が間違っている。あるいは、そもそも「何を概念として扱うか」を考えていない。
AIが優秀なほど、その粗さはきれいに整形されて出力される。粗さが消えるんじゃなくて、粗さが見えにくくなる。これは地味に恐ろしいことで、ぼく自身も何度か気づかずに通過してきた。
哲学的なオントロジーと情報科学的なオントロジーが交差するのは、まさにAI時代のブランディングや知識設計の現場だ。「何が存在するか」を問う訓練が、AIをうまく使いこなすための下地になっていく。そういう仮説を、最近ずっと持ち歩いている。
証明はできていない。でも、いろんな現場で手ごたえを感じているのも事実だ。
ブランドの言語化が難しいクライアントと話すとき、ぼくが最初に聞くのは「あなたにとって、顧客は存在しますか」という問いに近いことだ。もちろんそのままは聞かない。もっと迂回して聞く。でも根っこはそこにある。顧客を「統計上の数字」として扱っているのか、それとも「特定の感情を持った人間」として扱っているのか。その違いが、オントロジーの違いだ。そしてそれがAIへの問いかけ方を、根本から変える。
問いを「作る」という行為
長い間、アウトプットをつくることが「つくる」だと思っていた。デザインをつくる、言葉をつくる、仕組みをつくる。でも最近、もっと手前のところに「つくる」があるんじゃないかと感じている。
何が存在するかという問いを、つくること。
世界の切り分け方を、ゼロから引くこと。誰かが先に引いた線をなぞるんじゃなくて、「ここに線を引く」という判断そのものを、自分の言葉で立ち上げること。
AIは、その線の上を走る。速く、正確に、疲れを知らずに。でも線を引くのは、まだ人間だ。そしてその線の引き方が、すべての起点になる。
何かをつくろうとするたびに、ぼくは今、その問いの前に立っている。答えより先に、問いをつくる。その感覚が、今のぼくにとっての「つくる」の最前線だ。
地味で、孤独で、でもどこか清々しい。それがAI時代の「つくる」ことの一つだ。
転載元
※XAが運営するNoteメディアの記事を転載しています。
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